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繊細さばいばる

繊細な目線で記事を書きます!

自己啓発本の中に答えは無い‼︎あるのは「ヒント」だけ

ココロ 個人的な日記

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悩み→自己啓発本→途中挫折→新たな悩み→自己啓発本....悩みの解決のために、自己啓発本に救いを求める人がいると思います。18の頃に自己啓発の存在を知ってから、20代後半まで色々な自己啓発本を読みました。やる気が起きなかったり、人間関係に悩んだりするといつも。でも、どの本にも知りたいことの答えが書いていませんでした。

衝動で買って嫌になって  の繰り返し

 

タイトルにひかれて本を買うこともよくありました。パラパラと最初の数ページ読んで「これは自分に必要な本だ」と感じると「この本の言う通りに頑張ってみよう」と思うのです。 でも、いつも途中で挫折しました。

読み進めると必ずと言っていいくらい共感できない意見が登場します。

自分のダメな所を批判されているような内容が1文でもあったら「この本は僕のことを批判している。この本の言うことは信じられない。僕を苦しめている周りと同じだ」と感じて、読むのを止めてしまいます。

 そして時間が経つと、また何か別の問題に直面し、再び自己啓発本に救いを求め、裏切られるということを繰り返していました。

 

自己啓発本に求めていたもの

 

自己啓発本の本質とは、著者の個人的な意見として「私はこういう価値観で生きることが正しいと思います!」「私はこうやって成功しました!」と主張するものだと思います。

僕の読んでいて内容に共感できなかった時「えらい人なのは分かるけど、なんで見ず知らずの人にそんなこと言われないといけないんだ」という気持ちになってしまいます。

 

自己啓発本に「答え」が書いてない

 

たぶん自己啓発本に「答え」を求めていたのだと思います。どうやったらいいか分からないから正しい答えが知りたい。上手くいくような正解を教えてほしい。

さらに、僕が本当に求めていた自己啓発本は、全面的に僕の気持ちに寄り添ってくれて、勇気と希望を与えくれて、不幸に同情してくれて、適切なアドバイスをしてくれて、努力を認めてくれて、人生を成功に導いてくれる本

当然、そんな本には出会えませんでした。 

 

自分に一番しっくりくる自己啓発本

 

自己啓発本を買いあさることよりも、悩みの解決にずっと効果があったのは日記をつけることででした。

3年程前から、日々の生活の嬉しいこと、悲しいこと、辛かったこと、分からないこと、やりたいこと、悩みごと、弱音、不安、すべてを日記に書きためました。

自分だけしか見ないのでウソをつかなくていいし、飾らなくてもいい。その日記は、大したことは何にも書いてなくて、偉大な功績も何も残してないのに、簡単には捨てられない大切な記録になりました。

たまに読み返してみると、過去の自分が未熟で恥ずかしく、でも自分のことについて色々と気づかされ、少しずつ自分の気持ちや考えが分かるようになりました。

もしかしたら、一番しっくりくる自己啓発本とは、素直な気持ちで自分が書いたた、個人的な日記なのかもしれません。

 

もし僕の日記を他人が読んだとしても「参考になることも多少あるけど、共感できないこともたくさんあるだろうな」と思います。

世の中の自己啓発本のいくらかは、すごい功績を収めた人の日記みたいなものなのでしょうか。

なぜなら、日記は価値観の塊みたいなものだからです。偉人の日記には参考になることがたくさん書かれていると思いますが、そうでないことも書いてあるものです。他人の価値観の本なのですから。

自分が書いたもので無い限り、完全に受け入れることはできない、自己啓発本はそういうものだろうな、と思います。

 

自分の問題に対して、自己啓発本からは「答え」は見つかりませんでした。自己啓発本に書いてあることは、答えでなく「ヒント」までなんだろうなと思います。

 

 

私たちが求める「答え」はどこにあるのか 

 「答え」みたいなモノを探しているのなら、自分で「こうすれば良いかな」と思うことを実際にやってみて確かめるしかないのかな、と思います。

「行動」したことが答えかもしれません。思考錯誤を繰り返して、自分にとっての「答え」を探していくしかないように感じています。

 

これまでの人生、言いようもない漠然とした不安があって、それを解消したくて自己啓発本を読みあさりました。 何にすがって生きればいいのか、何を信じれば誰からも受け入れてもらえるのか、なぜ自分のことなのに、自分の気持ちが分からないのか。

でも、日記を書き続けて少しずつですが、そういった疑問が分かるようになりました。小学生くらいの頃から他人の目をすごく意識していたこと。恥をかきたくなくて、バカにされたくなくて、自分のやりたいことよりも「人からどう思われるか」で人生の選択をしていたこと。そうやって年を重ねると、自分の意見が分からなくなって、当然周りからも理解されなくて、どんどん困難が増えていったこと。

 

  

自分なりの「答え」

つい最近も、自分がどういう人生を歩むべきか分からず、立ち止まって考え続け、答えを探す日々を送っていました。家から一歩も出られない日もありました。そしてある時、何かのきっかけで吹っ切れました。

 

「もう開き直ろう。親・友人・親戚から反対されて変人のように思われても良いから、自分の好きなことを学ぶ場所に行こう。お金にならなくて、現実的でなくて、自分勝手な夢追い人のような行動に思えても、もしその行動が間違っていたとしてもいいじゃないか、いくら探しても絶対に正しい答えなんて無かったんだから。その行動が大失敗して、孤独になって、死にたいと思うようになったらどうしよう。いや、その失敗で、それが本当にしたいことじゃなかったと分かるだけだ。孤独でネガティブなのは今に始まったことじゃないだろう。

「自分が今、一番してみたいこと、どんなに疲弊していてもこれならできる、という事からまずやってみよう。どんなにショボいことでもいい、全然お金にならなくて、むしろお金が減るようなことでも良い。とにかく行動してみよう。」 

 

自己啓発本には書いていなかった、僕にとっての「答え」でした。 自己啓発本からはヒントはもらえるけど、答えは書いていない。 

今は自分の好きなことをやる、現時点で一番興味のあることをやる、失敗が怖いって言っても、もう既に僕のの人生は失敗だらけだ。

 

こういう気づきがあって、僕は新しい一歩を踏み出しました。また途中で嫌になって投げ出すかもしれませんが、未来のことは誰にも分かりません。

そして、僕がやりたかったことのうちの一つはこのブログです。別に大金を稼げなくても、毎日書く事ができなくても、知識と創造性を活かして余裕がある時に記事を書くことなら、今でもできそうだったからです。1日100アクセスもないですが、楽しんでやっているので満足しています。

 

自己啓発本をいくら読んでも、答えは書いていない。探している答えは自分の行動の中にあるかもしれない。

 

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 そんな記事でした。

by ミケ男

  

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